近年、エンジニアの間で「高還元SES」というワードが注目を集めています。「案件単価の80~90%以上を給与として還元!」「搾取からの解放!」といったキーワードは、これまで多重下請け構造による低賃金に苦しんできたエンジニアにとって、非常に魅力的な訴求です。
しかし、一度立ち止まって、ビジネスの構造的な裏側に目を向けてみてください。
なぜそれほどの高還元を実現できるのでしょうか。そして、その代償は全く無いのでしょうか。
本記事では、「営業1人が数十〜100人のエンジニアを担当する構造の弊害」「高還元SESとSIerのコスト構造・還元率の比較」「エンド直案件と多重下請け案件の差」、そして「一人ひとり異なるスキルを持ったエンジニアがキャリアアップ(年収UP)を果たすためのアサインのあり方」について解説します。
1. 営業1人が100人を担当する「高還元SES」の裏側と、減り続ける工数
経営効率とキャリアアップは両立しない
SES(システムエンジニアリングサービス)業界を見渡すと、営業担当者1人が40人、50人、場合によっては100人近くのエンジニアを管理している会社が珍しくありません。
経営陣や投資家の視点から見れば、これは極めて「優秀なビジネスモデル」です。
固定費である営業マンの人件費を最小限に抑えつつ、現場で稼働するエンジニアの売上を最大化できるため、営業利益率は劇的に向上します。
高還元SESが「高い還元率」を維持できる最大の理由は、「営業コストの極限までの削減」と「バックオフィス工数の徹底的なカット」にあります。
「弊社では徹底的なコスト削減によりエンジニアへの高還元を実現!会社による搾取を無くします」
果たしてこの経営者はエンジニアの救済者なのでしょうか。
この構造がエンジニア一人ひとりに何をもたらすか、気づいている方は少ないように思います。
営業が「エンジニア1人あたりに割ける時間」について
単純な算数をしてみましょう。
1ヶ月の営業日数を20日、1日の労働時間を8時間とすると、営業マンの月間総労働時間は160時間です。
もしこの営業マンが100人のエンジニアを担当していた場合、1人あたりに割ける時間は1ヶ月でわずか1.6時間(96分)しかありません。この96分の中には、以下の業務がすべて含まれます。
- 毎月の請求書や契約書の処理(事務工数)
- クライアント企業との定例調整やトラブル対応
- 新規案件の獲得やマッチング
結果として、エンジニア本人の「キャリア相談」「技術的な悩みへのアドバイス」「現在参画している案件の不満解消」に割ける時間は、月に数分あるかないかというレベルにまで削ぎ落とされます。
仮に請求書や契約書を自動化するシステムがあるとしても、エンジニアにとって最も重要なことは「新規案件の獲得やマッチング」。
万が一にも営業が獲得した案件が、レガシー環境の保守となってしまってはキャリアアップは絶望的です。
高還元SESにおける高還元は「営業や会社からのサポートを最低限とすることの等価交換」と言えます。
トラブルが起きても営業は動けない、あるいは動かない。
なぜなら、彼らにはそもそもあなたに割ける「工数」が残されていないのです。
2.SIの還元率について
多くの場合、エンジニアはSESに入るよりもSIを選びます。果たしてSIは”搾取”が無く還元率が高いのでしょうか?
ここで、SI(システムインテグレーション)企業や、しっかりと営業活動を行っているSES企業と、高還元SESの「還元率」を比較してみましょう。
業界構造を分析すると、還元率(エンジニアの売上単価に対する総人件費の割合)には明確な差があります。
| 企業タイプ | 推定還元率(目安) | 営業・バックオフィスの体制 | 主な案件獲得ルート |
| 高還元SES | 80~90%以上 | 極小(営業1人で50〜100人担当) | マッチングプラットフォーム経由や3次請け以降の横流し |
| SES | 高くても70%程度 | 標準(営業1人で15人ほど担当) | エンド・プライム案件獲得や既存顧客への深耕営業 |
| SIer(元請け) | 35% 〜 50%程度 | 手厚い(営業、PM、技術投資、R&D) | 経営層への直接提案、コンペ、入札 |
SIerの還元率が低い理由:それは「投資」と「チャネル開拓」のコスト
SIerの還元率がSESに比べて低いのは、決して「会社が不当にピンハネしているから」だけではありません(一部悪質な多重下請けがないとは言えませんが)。
元請け(プライム)として機能するSIerがコストをかけているのは、主に以下の領域です。
- エンドユーザー(発注元企業)の新規開拓コスト:企業の役員層や情報システム部門の責任者と信頼関係を築き、億単位のプロジェクト予算を獲得してくる営業活動には、高度な専門知識を持った営業マンと多大な時間(工数)が必要です。
- 提案書(RFP対応)やコンペの勝率を上げるための組織工数:受注できるか分からない段階から、数人のエンジニアやコンサルタントを動員してシステム構成案や見積もりを作ります。この「失注リスク」を会社が担保しています。
- 社内インフラ・技術研究(R&D)への投資:次のトレンドとなる技術(生成AI、クラウドネイティブ、サイバーセキュリティなど)の検証環境を社内に構築し、エンジニアが現場に行かなくても学習できる環境や、自社プロダクトのインキュベーションに資金を回しています。
高還元SESは、これらのコストを削ぎ落とし、エンジニアが現場で稼ぐ単価をそのまま給与に反映しています。
しかし同時に「営業力や、組織としての技術的資産の蓄積がゼロになる」ことを意味しています。
3. 案件の質を見極める:「エンド直」vs「多重下請け」
営業工数を極限まで削った高還元SESと、営業工数をかけて顧客を開拓するSIerや良心的なSES。
両者が保有する「案件の質」には、決定的な違いが生まれます。
エンジニアとして市場価値を高める上で、「エンド直(発注元と直接契約)」と「多重下請け(3次請け、4次請け……)」のどちらが良い案件と言えるでしょうか。
答えは火を見るより明らかですが、その理由を3つ述べます。
① 上流工程への関与度と裁量
- エンド直案件(SIer・営業が強い企業が保有):顧客の「ビジネス上の課題」が何であるかをヒアリングする段階から参画できます。なぜこのシステムを作るのか、どの技術を選定すべきかという、エンジニアとして最も市場価値の高い「要件定義」「アーキテクチャ設計」のスキルが身につきます。
- 多重下請け案件(営業工数のないSESが流されがちな現場):上流工程で決定された仕様書が、何層か経て降りてきます。エンジニアに求められるのは「仕様書通りに、手を動かすこと」だけです。
記述するコードの意図やビジネスの全体像が見えないため、単純な製造(コーディング)やテストのスキルしか蓄積されません。
② 技術スタックの鮮度とモダンさ
- エンド直案件:顧客と直接交渉できるため、「この課題を解決するためには、AWSの最新サービスやGo言語を採用すべきです」といったモダンな技術提案が通りやすくなります。
- 多重下請け案件:上位ベンダーが「10年前に作られたレガシーな共通基盤」をベースに設計していることが多く、エンジニアはレガシー言語や、独自の社内フレームワークでの開発を強いられます。
そこで数年間どれだけ努力しても、一歩外に出たら市場では「使い物にならないスキル」になってしまうリスクが極めて高いのです。
③ トラブル発生時の防波堤
- エンド直(手厚い営業がいる場合):万が一、現場の稼働時間が炎上しそうになったり、無茶な要求をされたりした場合、営業マンが顧客の責任者と「契約内容の変更」や「人員の追加」を対等に交渉して守ってくれます。
- 多重下請け:商流が深すぎるため、末端のSES企業の営業が何か言ったところで、発注元には届きません。結果として、過酷な労働環境や理不尽な要求をエンジニアがすべて生身で受け止めることになります。
高還元SESの営業は前述の通り「1人あたり月96分」しかありませんから、商流の深い現場でトラブルが起きても、顧客との交渉に時間を割くことは不可能です。
多くの場合、「エンジニアの自己責任」として片付けられてしまいます。
4. エンジニアの年収UPの本質は「キャリアアップ(市場価値の向上)」である
多くのエンジニアが「高還元SESに転職して年収が100万円上がった!」と歓喜します。
しかし、それは「技術スキルや市場価値が上がったことによる年収UP」ではなく、単に「会社の取り分(マージン)が減って、自分の取り分が増えただけ」という構造的なスライドに過ぎません。
エンジニアとして真に持続可能な年収UPを果たすためには、「年収UP=キャリアアップ(スキルアップ)」という仕組みを考える必要があります。
目先の還元率だけに目を奪われ、単価50万円のロースキル案件(テストや単純保守)を何年もループしていると、ある日突然、年齢の壁にぶつかります。
30代後半、40代になったとき、会社のマージンを削ってもらった「高還元な50万円」の給与では、それ以上の伸び代は一切なくなります。
なぜなら、自身のスキルが1ミリも伸びていないからです。
再現性の高い年収UPは、「来年は基本設計に入れるように今年はサポートから入って、画面設計書やテーブル定義書やファイル仕様書作成など、項目定義や権限制御などが一人称でできるように、外部設計に触れる経験する」という上昇サイクルを回すこと。
どこに転職しても、フリーランスになっても評価されるスキルを得るということに繋がります。
5. 「営業都合の自動アサイン」vs「伴奏型のアサイン」
エンジニアのスキル状況、過去の経験、そして「将来どうなりたいか」というビジョンは、千差万別です。
- 「今はバックエンドが得意だけど、今後はフロントエンドも触ってフルスタックになりたい」
- 「小規模でもいいから、要件定義からリリースまで一気通貫で経験したい」
- 「大規模トラフィックを捌くインフラのチューニング技術を極めたい」
一人ひとりのエンジニアがこのような異なるグラデーションを持っているにもかかわらず、営業工数を極限まで削った企業では何が起きるでしょうか。
「営業都合の自動アサイン」がもたらす効率の悪さ
営業マンが100人のエンジニアを抱えている場合、彼らが行うのは「スキルに合うエンジニアを自動アサインすること」です。
案件プラットフォームや案件メールから「Java、3年以上」というキーワードを見つけ、該当する職務経歴書を持つエンジニアを機械的に流し込むだけ。そこに「この現場に行けば、このエンジニアの次のステップに繋がるか?」という教育的な視点やキャリアの文脈は一切存在しません。
エンジニア側から見れば、これはキャリアアップにおいて極めて非効率です。
自分の得意領域をただ消費され、新しい技術に挑戦するチャンスを潰され続けるサイクルに陥るからです。
あなたは「目先の数万円」と「未来の市場価値」、どちらを選びますか?
高還元SESという働き方を全否定するつもりはありません。
すでに卓越した自己管理能力があり、自力でスキルアップの機会を掴み取ることができ、営業のサポートなど最初から期待していない「自立したシニアエンジニア」にとっては、非常に合理的な仕組みです。
しかし、「これからスキルを伸ばして、市場価値を高めていきたい」と考えているジュニア〜ミドル層のエンジニアが、単に『還元率が高いから』という理由だけで高還元SESを選ぶのは、極めてリスクが高いと言わざるを得ません。
- 営業マンが自分に割いてくれる時間は月に何分あるか?
- その会社が持っている案件は、エンド直の上流案件か、それとも誰でも取れる多重下請けの横流し案件か?
- 自分の千差万別なキャリアプランに対して、真摯に伴走してくれる工数が会社に残されているか?
これらの問いに対して、ノーと言わざるを得ない環境であれば、どれだけ目先の還元率が高くても、あなたの「未来の市場価値」は静かに減ってきます。
未来において、評価の高いエンジニアになるための最短ルートは、しっかりとした営業力を持ち、エンジニア一人ひとりのキャリアに投資をしてくれる環境で、質の高い案件(エンド直・上流工程)を経験することです。
それによって得られた本質的なスキルアップこそが、将来あなたに「本当の年収UP」をもたらす強い資産になるのです。

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