SESの「内定後、案件が決まり次第入社」は違法か?労働法から見るアンモラルなSES企業のカラクリ

1. 「案件が決まり次第入社」というSESの常識は世間の非常識

SES(システムエンジニアリングサービス)業界への転職活動において、内定を獲得した際にこのような条件を提示されたことはないでしょうか。

「内定となります!当社はエンジニアファーストであり、納得したアサインをするために入社日は案件が決まり次第、調整させてください!」

一見すると、「現場が決まってからスムーズに働き始められる合理的な仕組み」のように思えるかもしれません。
特に未経験からエンジニアを目指す方や、早く次のステップに進みたい求職者にとって、内定とあれば多少の変則的な条件には目をつぶってしまいがちです。

しかし、内定承諾しても案件が決まらなかったら一体どうなるのでしょう?
他社の内定を蹴ってしまっている状態で、延々と無職期間が延びていくしかありません。

結論から申し上げますと、この「案件が決まり次第入社」という雇用形態は、その運用方法によっては「限りなく黒に近いグレー」であり、時として「違法」と判断される可能性が極めて高いアンモラルな手法です。

なぜ、業界内でこれほどまでにこの手法が横行しているのか。
そして、そこにはどのような法的な問題が隠されているのか。
本稿では、労働基準法をはじめとする各種法令や過去の判例を交えながら、その「闇」をに迫ります。


2. 契約の成立時期:内定を出した時点で「労働契約」は成立している

まず、法律上「内定」がどのような状態を指すのかを明確にしましょう。

日本の労働法において、企業が採用内定を出し、求職者がそれを承諾した時点で、両者の間には「就労始期付・解約権留保付労働契約」が成立したとみなされます。
これは、最高裁判所の判例(大日本印刷事件:最高裁第三小法廷 昭和54年7月20日判決)によって確立された法理です。

【最高裁判例の要旨】

採用内定によって、労働契約は有効に成立している。ただし、「実際の就労が始まる時期(始期)」が将来に設定されており、かつ「特定の事由(卒業できなかった場合など)がある場合には契約を解除できる権利(解約権)」が会社側に留保されている状態である。

つまり、内定を出した時点で、企業とあなたとの間には「雇用関係」が法的にスタートしているのです。
「案件が決まるまではまだ入社していない(契約していない)」という企業の主張は、この最高裁判例に真っ向から反する解釈であり、意図的な歪曲と言われても仕方がないのではないでしょうか。


3. 「案件が決まり次第入社」が違法となる4つの法的根拠

では、具体的にどの法律に、どのように抵触するのか。4つの視点から解説します。

① 労働基準法第15条(労働条件の明示義務)

労働基準法第15条第1項、および労働基準法施行規則第5条では、労働契約の締結に際し、賃金や労働時間、就業の場所、そして「労働契約の期間(入社日)」などの絶対的明示事項を労働者に書面で交付しなければならないと定めています。

労働基準法第15条(労働条件の明示)

使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。

「案件が決まった日」というのは、客観的な日付ではなく、いつ訪れるか分からない不確定な事実です。このような曖昧な条件で労働者を拘束することは、労働条件を明確に定めて労働者を保護するという労働基準法の趣旨に完全に反しており、労働条件明示義務違反に問われる可能性が極めて高いです。

② 職業安定法第5条の3(的確な労働条件の明示)

求職者を守るための法律である「職業安定法」でも、同様の規制があります。

職業安定法第5条の3(労働条件等の明示)

公共職業安定所、特定地方公共団体及び職業紹介事業者、労働者の募集を行う者並びに労働者供給事業者(以下「公共職業安定所等」という。)は、求職者、募集に応じようとする者又は供給される労働者に対し、従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。

厚生労働省の指針(平成11年労働省告示第141号、近年の法改正によるアップデートを含む)では、労働条件の明示は「可能な限り具体的」に行わなければならないとされています。入社日という極めて重要な要素を「案件の有無」という会社側の都合(経営リスク)に依存させる形での明示は、不適切とみなされます。

③ 労働契約法第16条(解雇権濫用の法理による内定取り消しの制限)

最悪のケースとして、「案件がどうしても決まらないので、今回の内定はなかったことにさせてください」と言われるパターンです。これは「内定取り消し」に該当します。

前述の通り、内定時点で労働契約は成立しているため、内定取り消しは法律上「解雇」と同義になります。

労働契約法第16条(解雇)

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

「自社の営業力不足で案件が見つからなかった」というのは、会社側の経営上の都合であり、労働者側には一切の非がありません。このような理由での内定取り消しは、客観的に合理的な理由とは認められず、解雇権の濫用(違法・無効)となります(インカレ帝国事件:東京地裁 昭和62年1月30日判決など、内定取り消しに関する多数の判例がこれを支持しています)。

④ 労働基準法第26条(休業手当の支払い義務)

仮に「入社日は4月1日とする」と合意していたにもかかわらず、案件が決まらないことを理由に「案件が決まるまで自宅で待機(または入社延期)してほしい」と言われた場合、どうなるでしょうか。

これは会社側の都合による休業(責に帰すべき事由による休業)に該当します。

労働基準法第26条(休業手当)

使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。

アンモラルなSES企業は、「まだ入社していない(就労していない)から給与を支払う必要はない」と考えがちですが、内定によって契約が成立している以上、会社側の都合で働かせない期間については、少なくとも平均賃金の6割以上の休業手当を支払う法的義務が発生します。これを無給で待たせる行為は、明確な労働基準法違反(罰則あり)です。


4. なぜこの「違法スキーム」が業界でまかり通っているのか?

これほど法的なリスクや違法性が高いにもかかわらず、なぜ多くのSES企業が「案件が決まり次第入社」を続けているのでしょうか。そこには、企業の身勝手な防衛策と、法的な抜け穴を突いた巧妙な言い逃れが存在します。

企業の言い分①:「まだ労働契約は成立していない(内々定である)」

企業側は、書面での「雇用契約書」を交わす前段階であるため、法律上の拘束力はない(単なるマッチングの約束である)と主張することがあります。しかし、最高裁の判例(前述の大日本印刷事件など)では、採用内定通知書の送付と求職者の承諾(承諾書の提出や意思表示)があれば、契約書の有無に関わらず労働契約の成立を認めています。名前を「内々定」や「採用候補者登録」と言い換えても、実態が採用の約束であれば言い逃れはできません。

企業の言い分②:「業務委託契約の前提である」

求職者を「正社員(労働者)」としてではなく、「フリーランス・個人事業主」としての業務委託契約(準委任契約)として採用しようとするケースです。

業務委託であれば、労働基準法は適用されず、「案件がないから契約をスタートしない」という論理が一定程度通用してしまいます。

しかし、求人サイト等で「正社員募集」と謳っておきながら、内定後に業務委託への切り替えを迫る行為は、職業安定法違反(虚偽の条件提示)に該当します。
また、実態として会社の指揮命令下で働くのであれば、それは「偽装請負」や「労働者性の認定」によって、やはり労働法が適用されるべき事象となります。

最大の理由は「SES会社の都合とエンジニアの受け身意識」

このスキームが存続している最大の理由は、「法廷闘争に発展しにくいから」という、極めてアンモラルな力学にあります。
入社をした後、仮に営業が上手くいかなくても会社は給与を支払わなくてはなりません。
しかし「待機なのだから給与を払う必要はない」といった前時代的な意識のSES経営者が非常に多く存在します。

一般的には求職者は立場が弱く、「会社と揉めて業界内で悪い噂が流れたらどうしよう」「早く次の転職先を探した方が建設的だ」と考えてしまい、泣き寝入りすることがほとんどです。企業側は、その心理を悪質に利用しているのです。


5. アンモラルなSES企業を見極める「3つのチェックポイント」

あなたが転職活動で不当な扱いを受けないために、また、内定後に「無給の待機地獄」に落とされないために、内定承諾の段階で必ず確認すべきポイントを提示します。

チェック項目危険なサイン(アンモラル企業)安全なサイン(誠実な企業)
入社日の決定方法「案件が決まり次第、追って連絡します」などと曖昧。「◯月◯日入社」で確約している。
案件不在時の扱い「案件がない期間は給与が出ません(またはカット)」と言われる。「会社の営業責任であるため、待機中も給与は100%(または満額)支給」と明言される。
待機が理由で賞与を引かれることもない。
労働条件通知書の交付内定を承諾するまで、書面での条件提示を渋る。内定と同時に、労働条件通知書(書面)が交付される。

面接で使える「魔法の質問」

内定を承諾する前に、以下の質問をメール等の「形に残る方法」で企業に投げかけてみてください。

「御社から内定をいただき、大変光栄に思っております。入社日について『案件が決まり次第』とのことですが、万が一、想定よりも案件の確定が後ろ倒しになった場合、労働基準法第26条に基づく休業手当、あるいは御社独自の待機手当等の支給対象期間となりますでしょうか。また、その際の基本給および諸手当の支給割合についてご教示いただけますと幸いです」

この質問に対して、返答を濁したり、不機嫌になったり、あるいは「うちはそういうのはやっていない」と突っぱねるような会社は、法を遵守する意識(コンプライアンス精神)が欠如しています。
その時点で入社を辞退すべきです。


6. 株式会社イズムの姿勢:経営リスクをエンジニアに背負わせない

イズムが、なぜ業界のこうした風潮に対して声を大にして警鐘を鳴らすのか。
それは、私たちが「経営のリスクと責任は、会社が負うべきである」という強い信念を持っているからです。

イズムでは「案件連動型入社」は行いません

イズムでは、採用時にエンジニアと合意した「入社日」から、必ず雇用を開始します
その時点で案件が確定していようがいまいが、関係ありません。
なぜなら、エンジニアを採用すると決めたのは会社の意思であり、適切な案件を引っ張ってくるのは会社の営業の責務だからです。

待機中も「完全100%満額支給」を約束する理由

もし入社後にプロジェクトの端境期などで「待機」が発生した場合でも、イズムでは基本給の減額はもちろん、各種手当をカットするようなことは一切行いません。
通常の稼働時と完全に同じ、「100%満額の給与」を支給します。さらに、その待機期間があったことを理由に、賞与(ボーナス)の査定を不当に下げるような「事後精算」の手口も一切排除しています。

これは単なる優しさではありません。法律(労働基準法)を上回る基準でエンジニアの生活を守ることが、結果としてエンジニアの心理的安全性を生み、技術の研鑽に向かわせ、ひいては顧客に最高のパフォーマンスを提供する原動力になると確信しているからです。


7. まとめ:あなたのキャリアと人生を、違法に搾取させないでください

SES業界には、一部のアンモラルな企業によって作られた「エンジニアにリスクを押し付ける不都合な常識」が未だに根強く残っています。

「案件が決まり次第入社」という条件は、法的な観点(労働基準法第15条、第26条、職業安定法第5条の3、労働契約法第16条)から見れば、非常に多くの問題点と違法性を孕んだ、労働者軽視のシステムです。

エンジニアとして長く、安心してキャリアを積んでいくためには、技術の習得と同じくらい、「自分を守るための法律の知識」と「誠実な会社を見極める目」が必要です。

もし、今受けている会社や、在籍している企業の労働環境に少しでも違和感を覚えたら、その直感を無視しないでください。
あなたの技術と労働力は、経営リスクを転嫁するような会社のためにあるのではありません。

イズムは、業界の「当たり前」を健全な方向へと変えていくために、今後もエンジニアの権利を守る経営を貫いていきます。
あなたの人生を預けるにふさわしい、真に誠実な会社をぜひ見極めてください。

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