「ITバブル」の裏側で進む倒産件数過去最多ペース —— なぜ案件があるのに倒産するのか?

1. 数字が示す「IT業界の二極化」

今、日本のソフトウェア業界は奇妙な「パラドックス」に直面しています。
DX(デジタルトランスフォーメーション)の潮流、AI技術の爆発的普及、そしてあらゆる産業でのIT投資加速。
市場は紛れもなく右肩上がりであり、エンジニア不足を嘆く声は止むことがありません。
しかし、その華々しい成長の影で、ソフトウェア企業の「倒産」が過去最多水準を更新し続けているのです。

帝国データバンクの調査によれば、2024年度のソフトウェア業の倒産件数は200件を超え、前年度比で約1.4倍、過去10年で最多を記録しました。
さらに2025年度もその勢いは衰えず、2年連続で過去最多を更新する勢いを見せています。
活況な業界で、なぜこれほどまでに多くの企業が市場から退場を余儀なくされているのでしょうか。

「ソフトウェア業」の倒産動向(2024年度)
「ソフトウェア業」の倒産動向(2025年度、2月末時点)

この統計を深掘りすると、仮説が浮かび上がります。
倒産企業の業種分類を見ると、その大半は「ソフト受託開発」に属していますが大手SaaSベンダーや純粋な受託開発企業とは限りません。
倒産企業のプロファイルを分析すると、以下の3つの特徴が現れます。

  1. 資本規模の極端な小ささ: 倒産企業の約9割が、資本金1,000万円未満、あるいは負債額1億円未満の小規模事業者です。
  2. 労働力の依存度: 自社プロダクトや特許、高度な設備を持たず、売上のほとんどが「人月単価 × 稼働人数」で算出される企業。
  3. 多重下請け構造の末端: 1次請け(元請け)ではなく、2次請け、3次請け、あるいはそれ以下の階層で、現場にエンジニアを送り込むことでマージンを得るビジネスモデル。

これらのデータは、「倒産している企業の正体は、実態としてSES(システムエンジニアリングサービス)を主業とする中小・零細企業である」という仮説を裏付けています。
IT業界全体は成長していても、その「構造の底辺」を支えてきたビジネスモデルが、今、劇的な環境変化によって根底から崩れ始めているのです。


2. 「案件はある、しかし人がいない」という名の販売不振

一般的に、企業の倒産理由の筆頭は「販売不振」、つまり仕事がないことです。
しかし、現在のソフトウェア業界、特にSES領域における「販売不振」は、他業界とは全く異なる様相を呈しています。仕事(案件)は掃いて捨てるほどあるのに、売上が立たずに倒産しています。

SESビジネスの本質は「エンジニアの稼働」が売上のすべて、10人のエンジニアがいれば、10人分の人月単価が毎月入ってくる、労働集約型ビジネスモデルと言われるものです。
しかし、ここ数年でエンジニアの市場価値が急騰し、人材の流動性がかつてないほど高まりました。

小規模SES企業にとって、最大の問題は「エンジニアの離職」です。
これまで自社の売上の柱だったベテランエンジニアが、より高い給与を求めて同業他社や大手SIer、あるいはフリーランスへと転身した瞬間、その企業の売上は即座に消失します。

かつては「代わりの人を採用すればいい」という論理が通用しました。
過去30年間、日本人の給与は横ばいであり、買い手市場が長らく続いてきたことでエンジニアは生活の為に低い給与を余儀なくされていました。

しかし、現在は空前の採用難、売り手市場です。
大手企業ですら巨額の採用コストを投じて人材を奪い合う(人材紹介で一般的なエージェントフィー35%を大きく超える70%という事例も有)中で、認知度も低く特筆すべき技術的強みを持たないSESが、エンジニアを補充することは極めて困難です。

「案件はあるが、送り込む人がいない」。この状態が数ヶ月続けば、売上が立たない一方で、残った社員の社会保険料や事務所賃料など固定費が容赦なく手元資金を削っていきます。
これが、IT業界特有の「黒字受注可能なのに倒産する」メカニズムの第一歩です。


3. 単価据え置きと給与高騰の板挟み

さらにSES企業を苦しめているのが、収益構造そのものの崩壊、いわゆる「逆ザヤ」の発生です。

現在のIT市場では、エンジニアの給与水準が急激に上昇しており、物価高騰による生活コストの上昇も、エンジニア側からの昇給要求を後押ししています。
企業がエンジニアを引き留めるためには、これまでの給与で納得させることは難しく、大幅なベースアップが不可欠となっています。

また、人材獲得競争の激化により、「エンジニア1人を採用するためのコスト」も跳ね上がっています。求人広告費だけでなく、エージェントへの紹介料(年収の35%以上が相場)を支払えば、入社時点ですでに利益を圧迫する巨額のコストが発生します。
いわゆる高還元SESでは一人当たりの利益が少ない為、離職率を鑑みるとコスト回収に1年以上を要する人材紹介を使えるのは体力がある企業だけです。

そして、SES企業の「売上」の源泉である客先単価(人月単価)は、そう簡単には上がりません。特に3次請け以下の零細企業の場合、発注元である上位SIerとの契約は力関係で決まることが多く、物価高や採用難を理由とした単価交渉は難航しがちです。

  • エンジニアの給与(原価): 市場原理に従って右肩上がり。
  • 客先単価(売上): 多重下請け構造の中で据え置かれる。

この「板挟み」の結果、かつては10%〜20%あった粗利が数%にまで圧縮され、少しでも待機期間(エンジニアが次の現場を待つ期間)が発生しただけで、年間の利益が吹き飛ぶ脆弱な収益構造へと変質してしまいました。
人材獲得競争に敗れ、体力を削られた企業から順に、資金繰りが限界を迎えているのです。

〇マイナビ:初年度年収が過去最高を更新(2026年1月発表)

2026年1月に発表された最新レポートでは、エンジニアの給与上昇が顕著に示されています。

  • 2025年総評 初年度年収レポート
    • 内容: 正社員求人における2025年の初年度平均年収は492.8万円となり、集計開始(2018年)以来の最高額を更新。
    • 上昇幅: 前年(2024年)から24.8万円増加、5年前(2020年)と比較すると42.3万円増加
    • 出典: マイナビキャリアリサーチLab(2026/01/26)
〇求人ボックス:1年で平均年収が20%以上増加(2025年1月発表)

求人サイト「求人ボックス」のデータでは、主要なプログラミング言語別の年収が急騰している様子が分かります。

  • ITエンジニア職種・プログラミング言語の求人トレンド
    • 内容: 調査対象20言語の平均年収が、前回(2023年10月)の695.3万円から、今回(2025年1月)は841.0万円へ。わずか1年強で約21%(約145万円)も上昇
    • 出典: 求人ボックスジャーナル(2025/01/29)
〇doda:決定年収(実際に転職した人の年収)が上昇(2025年5月発表)

求人票の「提示額」だけでなく、実際に採用された際の「決定年収」も上がっています。

  • 2024年度版 決定年収レポート
    • 内容: 「IT・通信」業界の平均決定年収が、2023年度の469万円から2024年度は486万円へと17万円アップし、全業種で上昇幅1位。
    • 出典: パーソルキャリア(2025/05/12)
〇 Findy:Webエンジニアの平均年収(2024年最新調査)

エンジニア特化型転職サイト「Findy」の調査でも、ここ数年の急激な推移が確認できます。

  • IT/Webエンジニアの平均年収調査

4. 財務基盤の脆さを露呈させた「ゼロゼロ融資」の終了

なぜ「今」になって倒産が増えているのか。その大きな要因の一つに、コロナ禍で実施された「ゼロゼロ融資(実質無利子・無担保融資)」の返済開始があります。

ゼロゼロ融資とは、新型コロナウイルスの影響を受けた中小企業の資金繰りを支援するために導入された制度です。多くのSES企業も、コロナ禍でのテレワーク移行や一時的な案件の中断を乗り切るために、この制度を利用しました。

しかし、SESというビジネスモデルは、本来「設備投資が不要」なモデルです。
サーバーを自前で持つ必要も、工場を建てる必要もありません。そのため、多くの零細SESはもともと自己資本比率が低く、財務基盤が極めて脆弱でした。ゼロゼロ融資で得た資金は、本来であれば「教育体制の構築」や「自社サービス開発」といった事業転換に充てるべきでしたが、現実は、人材流失による売上減少を補填する「延命措置」として使われてしまったケースが多いと言われます。

そして2023年から2024年にかけて、この融資の据置期間(元本返済が不要な期間)が終了し、本格的な返済が始まりました。

  • 現状: 収益性は「逆ザヤ」で悪化。
  • 要因: 人材採用コストは膨らみ続けている。
  • 結果: そこに追い打ちをかけるように、借入金の元本返済がキャッシュフローを直撃。

低利息の恩恵を受けていた期間に構造改革ができなかった企業にとって、返済という現実の重みは、すでに空っぽになった金庫を突き破る致命傷となりました。
帝国データバンクが指摘する倒産増は、まさにこの「金融支援による延命」が終わり、企業の真の実力が試された結果と考えられます。


5. コンプライアンスの壁:フリーランス新法と社会保険

ビジネスモデルの限界と財務の悪化に加え、追い打ちをかけるのが「法規制とコンプライアンス」の波です。

これまで、一部の零細SES企業は、エンジニアを「正社員」として雇用せず、「個人事業主(フリーランス)」として契約することで、社会保険料の負担を回避したり、案件がない期間の給与保障を免れたりしてきました。いわば、エンジニアにリスクを転嫁することで利益を確保していたのです。

しかし、2024年11月に施行された「フリーランス保護新法」により、こうした「弱い立場へのしわ寄せ」が厳しく制限されるようになりました。さらに、社会保険の適用拡大やインボイス制度の導入により、これまで「曖昧さ」の中に隠れていた中間搾取の利益が、制度的に削り取られています。

国が進めているのは、IT業界の「不透明な多重下請け構造」の是正です。

  • 適正な報酬の支払い義務: 発注側としての義務の厳格化。
  • 社会保険の加入徹底: 法人としての義務遂行。

これらは企業として当然の義務ではありますが、ギリギリの利益率で回していた零細SESにとっては、数%のコストアップでさえ存続を危うくする要因となります。「エンジニアを安く使い、高いマージンを取る」というモデルは、もはや法的にも倫理的にも許されない時代に入ったのです。


6. 結びに:これから生き残るSES、消えゆくSES

IT業界全体の需要は依然として強固であり、エンジニアという職種の価値が下がることはありません。しかし、現在の倒産ラッシュは、IT業界に深く根を張っていた「負の側面」が浄化されるプロセス、すなわち業界の健全化に向けた「新陳代謝」であると言えます。

今後、生き残るSES企業と、消えゆくSES企業の差は明白です。

消えゆく企業の姿:

  • 単なる「人貸し」であり、エンジニアのキャリアに無関心。
  • 営業力が低く「既存の同業SESからの案件メール待ち」に依存している。
  • 技術資産が社内に蓄積されず、管理コストの削減だけで利益を出している。
  • その企業の強みを明示できない。

生き残る企業の姿:

  • 特定技術への特化: 「AI駆動開発に強み」「組込みならこの会社」「クラウド構築ならこの会社」といった、強みを持っている。
  • 教育と資産化: 採用したエンジニアを自社で育成し、その成長を「単価アップ」という形で顧客と合意できる。
  • 組織のコミュニティ化: エンジニアが「この会社にいたい」と思える、技術共有や帰属意識の醸成ができている。

倒産が増えているという事実は、一見すると業界の危機に見えますが、その中身は「古いモデルの終焉」を告げるシグナルです。
エンジニアを「労働力という名の消耗品」として扱う企業が淘汰され、正当に評価し、共に成長できる企業だけが残る。

この二極化の果てには、より透明性が高く、エンジニアが正当な報いを受けられる業界の姿が待っているはずです。私たちは今、IT業界が真の「成熟期」に移行するための、痛みを伴う転換点に立ち会っていると言えるのではないだでしょうか。

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